いきもの日記【9】いきものの異変
朝起きたら、またいきものの姿が見えなかった。
3日連続である。
もう日常化してきた。
昨日食べていたオレンジのガーベラは、さらに形がくずれていた。
恐る恐るガーベラの中をかき分けてみるが、見える範囲にいきものの姿は見えない。
試しに他の花も探すが、動いた形跡も、床に散らばったうん◯もなかった。
(オレンジのガーベラにむしゃぶりつくいきものを見て、昨日の私はまたスーパーで新しいガーベラを買ったのだった。私のいきものの好きなオレンジのガーベラ。今月の花代は、すでに予算オーバーである)
ボロボロのガーベラの中も、その周辺も、いくら探してもいきものは見当たらなかった。
虫かごに入れればよかった
飼うのは諦めて、外に逃してあげればよかった
そんな後悔が頭に浮かぶ。
数時間後、
いきものに申し訳ない思いを抱えながらも、
ガーベラの中をもう一度探してみた。
いた。
ガーベラの中で体を丸くしている。
刺激するとピクピク動きはあるものの、
前ほど大胆な動きはなかった。
周りにはボロボロになったガーベラの花びらがいくつかあるものの、うん◯はほとんど落ちていなかった。
排泄物がないということは、
あまり食べていない。
食べていないとは、
つまり、そういうことなのかもしれない。
急に悲しくなった。
昨日まであんなに一生懸命歩いていたのに。
そんな姿が嘘みたいだ。
古いガーベラから無理やり引きずり出して、
新しいガーベラに乗せようか?
「このガーベラは、まだ新しいよ。
昨日、あなたのために買ってきたんだよ」
そう、いきものに語りかけて手助けしようと思ったが、
やめておいた。
ここで助けたら、いきものの意思を無視してしまうことになる。
完全に、私、ニンゲンのエゴだ。
助けてあげられるかもしれないのに、そのまま見守るのは辛かった。
私のいきものは、自分が選んだ場所で息を潜めている。
虫とはいえ、自分の気の進むまま選んだ、
"自分が生まれた花の中"で
生まれて初めて嗅いだ匂いの中で
最期のときを感じている。
私は仕事に行き、その日の夜に帰宅した。
いきものが移動した気配はなかった。
もう息をしていないかもしれない。
そう思ってそのままにしようとしたが、
私は好奇心から、ガーベラの花の中で静かに息をしていたいきものを外に引きずり出してしまった。
いきものは、生きていた。
しかし、前のような生き生きときた姿は皆無だった。
体長は昨日の半分くらいになり、背中にはシワがよっている。
昨日のように颯爽と這う姿は、もうない。
平坦なところを歩かせてみたが、背中が萎縮しており、もう真っ直ぐ歩けなかった。
まるで、
おじいちゃんみたいだ。
1日動かない、
1日食べないだけで、
イモムシもこんなに痩せてしまうことを知った。
ニンゲンと同じである。
昨日慌てて買ってきた新しいオレンジのガーベラに、いきものを乗せてみる。
しかし、傾いているガーベラの上でいきものは自分の体を支えることができず、
床に落ちてしまった。
弱っているいきものに、さらに痛い思いをさせてしまった。
とても申し訳ない。
でも、私はいきものに長生きしてほしいと思った。
どうにか何か食べて欲しいと古いガーベラもそばに置いてみたが、いきものは食べようとしなかった。
もう終わりだ。
昨日まで背中でドクドク動いていた脈動のスピードは劇的に落ちており
肉眼で確認するのが難しいくらい、動きがなくなっていった。
いよいよ、
いきものを看取るときが来たようである。
いきものの好きなオレンジのガーベラ(すでに枯れている)でいっぱいにした箱の中に、いきものを入れてみた。
いきものは、今ある力を振り絞って、花びらの下に潜り込んでいった。